庭・街・風景に思う

千葉県佐倉市 武家屋敷を訪ねて 平成22年9月24日

 昨夜、イギリスから帰国したばかりの入社希望者が、面接のために訪ねてきました。
彼はイギリスの大学で造園を学び、そしてその後もイギリスで数年間ほど、造園に従事してきたようです。
 もともと彼は、イングリッシュガーデンを学ぶために訪英し、そして将来はそこで学んだ技と経験をもって日本に帰国し、本場のイングリッシュガーデンを日本で広めていきたいと、以前は考えていたと言います。
 ところが、長い間の海外生活の中で日本文化の素晴らしさに気付き、今では逆に、日本の心と技を生涯をかけて学びたいと考えているそうです。
  実はそういう私自身、今から15年も前の若かりし頃、イングリッシュガーデンを学ぶべく、英国を訪れていたのですが・・・

 よく私の下には、海外生活から帰国した人たちが、日本を学ぶために訪ねてきます。彼らは本来、海外の文化にあこがれを持って日本を飛び出した人たちに違いありません。
 それが、海外にいて、日本の素晴らしさに気付き、とことん日本を知りたいと考える人たちもいるようです。
 海外での生活の中で自分が日本人であることに気づき、そして自国の自然や文化をあまり知らない自分に気づくようです。そして、日本人でありながら、外国の人たちに日本の自然や文化を深く語れないことを恥じ、より深く日本を知りたいと、そう考える方々が、私を訪ねてくるようです。

 国際人という意味は、日本ではよく誤解されて解釈されているようです。海外の文化を知って海外の言葉がしゃべれるということ、あるいは海外経験が豊富なことが国際人だと考えている日本人は今だ多いと思います。
 これは間違いだと断言したいと思います。

 真の国際人とは、自国の自然や文化を知り、そして自分が生まれ育った自国をこよなく愛することで、他国の自然や文化を理解して尊重できる人のことを意味すると断言します。
 自分の国や文化を愛することは、他の国や文化を尊重することにつながります。
 自国を理解することを通して、さまざまな国や民族の文化を認め、理解してゆくことにつながり、そしてそのことが世界の平和のためにつながっていけば素晴らしいと思います。 

 海外に長らく在住してきた日本人が、日本を深く知りたいと考えること、とてもよい傾向ではないかと思います。私もこうした若者たちに対しては、ついつい熱く語ってしまいます。
 昨夜は文化の違いや国の違いについて、大いに語り合いました。

 彼の話の中で印象深かったことは、イギリスと日本の住環境意識の違いや美しい住環境を守るための法律の違いの話でした。
 たとえば、イギリスでは古い建築物を壊すことは基本的に法で認めていないということです。
 そのため、古き良き建物は大切に受け継がれ、それが町の美しい景色を作っているとのことでした。
 また、自分の敷地といえども、木を切ることも法律で禁止されているとのことです。それが大木がもたらす潤いある美しい街を作ってきたようです。

 日本はと言えば、町並みや自然に対する意識も法制も、どうにもなりません。これが劣悪な住環境を野放図に増やし続け、美しい街並みなど、生活とかけ離れた景観保存地域にしか残りません。
 古き良きものは惜しげもなく壊されて、そして子供たちに手渡すべき美しい日本の景色は消え失せていきました。
 
 どうか一人でも多くの方に、こうした日本の現状を考えて頂きたいと思います。
 美しい環境、美しい日本を失って、子供たちに一体何を伝えられるというのでしょう。 
 祖国の自然や文化を理解し愛することなく、本当の意味で、他国の自然や文化を尊重することができるでしょうか。
 
 そんなことを私にとっての、今後のライフワークのテーマにしていきたいと思いました。

さて、雨で久々の休暇となった昨日は、下総佐倉藩11万石の城下町に保存されている武家屋敷群を訪ねました。

 ここには、風土気候に見事に適応してきた日本の住まいの知恵がたくさんありました。

 3件ほど残存する武家屋敷の一つ、旧但馬邸の外観です。左は炊事や作業場となる土間への入り口、正面は座敷へと続く玄関です。

 土間にはかまどがあります。かまどは本来神聖な場所です。火の効率を最大限に利用するため、断熱材となる分厚い土で囲み、輻射熱をも利用して鍋全体を暖めるように作られます。
 現代のコンロには、この輻射熱の利用という考えはないようです。熱効率やおいしい料理方法の幅を考えても、輻射熱の利用は今後見直されるべきではないかと思います。

土間の足元の表情。土壁と土間が接する部分には、侵食されやすい土壁の地際部分における耐久性向上のため、差し石と呼ばれる石が並べられます。
また、一方敷居や板壁などの場合、差し石の合間の隙間が通気口となって木材を守っています。
 この差し石の表情が、屋外と屋内との結界を引き締めています。

外壁の下、土台の基礎部分の様子です。壁の下には木製の水切り板が配されて、壁内に雨水などが侵入するのを防いでいます。
 差し石の、石と石との隙間が床下の通気を確保しています。そして、叩きの土間は、湿気を調整する役割があります。

 日本の住宅はつい最近に至るまでの長い間、夏の暑さや湿気から逃れるための様々な工夫がなされてきました。
 部屋の外には深い屋根の下の縁側スペースがあり、夏の直射日光が室内に入るのを防いでいます。
 また、分厚い茅葺き屋根は雨を吸収し、そしてそれが時間をかけてゆっくりと蒸発することで夏の家屋を冷却しているのです。

 茅葺き屋根の裏側の様子です。重厚な屋根を支える竹や木材は囲炉裏やかまどの煙にいぶされて、黒くすすけます。そして、煙にいぶされることで虫や腐朽菌をよせつけず、何代にもわたって屋根を支えてくれました。

 竹などは野ざらしでは数年も持たずに朽ちていきますが、煙にいぶされる屋根や、湿気が常に一定の土壁の中に収めれば、何百年と持つことも可能です。
  ちなみに、日本の民家では天井部分の梁材によく、アカマツが使われてきました。アカマツは粘りがあって屋根の重量をよく支える半面、シロアリの被害を受けやすい難点もあります。
 こうした材を常に煙に燻される屋根部分に使うことで、虫害や腐食を防げたのです。
 まさに適材適所です。

玄関から奥座敷までつながる風の道。ふすまや障子一つで空気の流れを開放したり遮断したりして、季節ごとの快適さを作ります。

障子やふすまによって可動的かつ形而上的に仕切られた室内の様子。広縁を挟んで外空間へと繋がっていきます。

連続する障子窓を通して、奥の部屋をも外と接続しています。

 屋敷の裏庭には井戸場と菜園があり、かまどのある作業場となる土間につながっています。
 外壁の漆喰は風雨の吹込みから土壁を守ります。
 
 外と中の絶妙なつながり、気候風土と生活環境、あるいは生活と家屋との絶妙な共生、そこに、快適で何代にもわたって愛され続けた家屋作りの知恵や、古き良き日本の暮らしの知恵がたくさん詰まっているようです。

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