風土に溶け込む住環境をつくること 平成22年10月10日
今日は日曜日、毎週ほぼ恒例となった、お客様との造園設計の打ち合わせに出向きます。今日は鎌倉市内、新規のお客様の住まいを2件ほど訪ねました。
ウィークデイは現場での庭つくりや設計作業に没頭し、そして週末にはこうして打ち合わせが重なるというパターンがいつの間にか当たり前となり、休むことのない生活がまだしばらく続きそうです。
人は、天命を感じて生きていることを自覚する時、初めて真の意味で無私になり、無心に生きられるのかもしれません。
最近はほぼ毎日、さまざまな地域からの造園設計依頼が舞い込みます。私たちの造園を求めていただけることはとてもありがたいことで、とても幸せなことに感じます。
しかしながら、実際にこなせる仕事量には限度があり、今は1年間で大小合わせて30件から40件程度の庭つくりが、私たちの限度となります。したがって、ご依頼の大半のケースは、心ならずも1年以上お待ちいただくか、あるいは他社にお願いしていただく他にありません。
丁寧に設計し、そして妥協なく、良い生活空間をつくってゆくためには、今はそれが私たちの限界です。
お待ちいただくお客様や、あきらめていただくしかない多くの方々に対して、とても申し訳ない気持ちが常に残ります。
それゆえに、ご縁があって庭を造らせていただく際にはせめて、その時の全神経、持てる感性のすべてを尽くし、全力を注いでその場にふさわしい住環境を目指し、提供しようとしてまいりました。
私は決してレベルの高い庭や芸術性の高い庭を造ってはいないと思っています。それどころか、なるべく庭を造らずに、なるべく自然な植栽だけで雰囲気を造り、なるべく余計な事をしないように心がけています。
実際、従来の「庭」の見方からすれば、私の作庭は庭として大したものではないと思っています。ただし、植栽の仕方、樹木配置や空間配置にだけはとことん気を使います。
そして、風土に溶け込む住まいの環境を造ることこそ、長年の住まいの風景として飽きられることがなく、住まう方一人一人の心の原風景にまで昇華させて、それぞれの豊かな自然観を造り上げてゆくと感じています。
ただ、自然樹木の力を最大限に活かしつつ、快適で美しく愛される住環境を造るということ、それが私の庭つくりであり、近年多くの方が求める住まいの外空間の姿かもしれません。
こうした外空間の在り方に対して、私たちだけではとてもこなしきれないほどの、需要の多さを感じる時、私はいつも思うことがあります。
若い庭師、作庭者たちの中で一人でも多く、庭の空間を活かして快適な住環境を造り、それを提供できる人がもっともっと出てきてほしいと思うのです。
住環境や自然環境に対する意識の高い住み人たちの理想に、造園業界が少しでも追いついてほしい、そのパイオニアとなる情熱的な若い人が出てきてほしいと強く思います。
多くの若い人がこうした意識を高めながら、情熱を持って庭つくりに取り組めば、今私のやっていることなど、影が薄くなることでしょう。そうなってほしいというのが今の本心です。
自然豊かな住環境を求める一般の方々の意識の高さに造園界全体が追いついていき、良い住空間や風景を提案できる造園家や作庭者が増えてくれば、きっと日本の街は変わることでしょう。
それを心から望み、そしてそのために今、庭を活かした住環境を果てしなく造り続けています。
今日の一件目に訪れた新築家屋は、山間に佇む新築家屋です。家屋の中から窓の風景を見た時、「これは庭など造る必要がない」というのが私の最初の感想でした。
この新築家屋の材料には、古民家の古材や建具が非常に美しく収まって、そしてこの歴史と文化の香り高い鎌倉の雰囲気にとても良くマッチしていました。
お施主様ご夫妻の卓越した感性と、工務店を巻き込んで理想の家屋を実現しようとする粘り強い思い入れが、こうした家屋をこの土地に実現しました。まさにこの地には今もなお文化が形骸化することなく脈々と生きていることを感じます。
この土地の自然環境と雰囲気に一目ぼれしてこの地に住まいを建てることを決断したとお施主様は言います。
この風土の良さを庭つくりによって壊してしまえば元も子もありません。この風土に、この新築家屋を違和感なく溶け込ませてゆき、お施主様ご夫妻の暮らしぶりや志向を反映した住まいの屋外空間の在り方を考えてゆくのが私の仕事です。
そして、2件目に訪れたのは北鎌倉周辺、山間の古い住居と土地を新たに購入整備しようとされる若いお施主様です。
写真は敷地内、山間の家屋に至る石畳のアプローチです。
古都鎌倉もいまや、街中を中心に古き良き鎌倉らしい風景や住まいは次々に減り続けております。
そんな中、若いお施主は私に対し、「鎌倉にふさわしい雰囲気のある屋外環境を。つくり込みすぎない自然な環境を。」と、要望されました。
「庭としてつくらないで。」というお施主様の要望に、私は大変共感するものを感じています。
多くの作庭者が競い合っている技と造形の庭つくり、それも大切でしょうが、時代の流れは環境としての庭つくりに進んでいるということ、そしてそれを担うのは若い人たちでしょう。
旧態依然の造園世界をひっくり返してほしい、今日のお客様方々との出会いの中で、そんな思いをまた新たに確信させられました。