ちば山見学会1 木材の自然乾燥と人工乾燥 平成23年11月28日
ここは千葉県夷隅郡大多喜町、NPOちば山の木材乾燥貯蔵施設です。
NPOちば山では、千葉県の山村文化保全や山林の活性化のために千葉県の地産木材を活用し、山林育成を促すための様々な試みを行ってきました。
と、、、私が言葉で紹介するとなんか、、、実際のちば山の雰囲気にそぐわない堅苦しさを感じさせてしまいます。。。
要は、千葉の山や木が好きで好きでたまらない人の集まりと言った方が正しい気がします。
先の土曜日、ちば山の見学会のために、房総ののどかな山村、大多喜町を訪ねました。
自然乾燥木材のストックヤード、この倉庫で、製材された木材は、強制的に加温されることなく、ゆっくりと呼吸しながら自然乾燥させていきます。
倉庫に入ると木々の香りとひんやりした空気がとても気持ち良く、体の芯から健康になる気がします。
生きた木材の細胞が呼吸しているのです。自然乾燥の場合、製材してから最低でも1年近くもの時間を乾燥に費やします。そして、乾燥によって変形した木材を修正するために更に製材を施して初めて、こうして木材の細胞が生きたままの建築木材となるのです。
時間と手間を要すのが、自然乾燥の木材なのですが、つい数十年前までは当たり前のことでした。だからこそ、木の心地よさがあり、更には何百年もの間、家屋を支える素材としての耐久性を維持しうるのでした。
一方、今の建築材料としての木材の多くは、人工的に高温を加えて乾燥させます。
木材の細胞は50度以上に加熱されることで組織は死んでしまいます。死んだ木材細胞は、吸湿能力もほどんとなく、木の香りも艶もなくなり、耐久性も格段になくなります。
呼吸しなくなった人工乾燥木材は、製材後の変形も少ないため、機械的な扱いもしやすく、それが今の大量生産住宅にぴったりと適応したのでしょう。
また、短時間で木材の含水率を下げて製品化のプロセスを画期的に早めたことも、人工乾燥木材が主流となった大きな要因と言えます。
これが、私たちの社会です。木の細胞を殺して、それがなんのための木の家なのなのでしょう。
木材ストックヤード見学の後、地元の木材プレカット工場を見学しました。
ここでは、木材のほぞ穴など、木造建築のための刻み加工を機械にて行っています。
かつては大工さんが木材を目利きし、ノミとカンナで刻んだ、材木の下ごしらえの作業も、今の住宅では多くの場合が機械によるプレカット加工となっています。
こうした機械化の作業性の向上に大きく寄与したのも、木材の人工乾燥技術だと言えます。
歪みを生じやすい自然乾燥木材は機械で扱いにくいので、なかなか普通のプレカット工場では受け入れてもらえません。
地元、山二林産の工場では、ちば山の自然乾燥木材を受け入れて製材してくれていました。
しかし、自然乾燥木材を持ち込むのはちば山の工務店だけであって、それ以外はほとんどが人工乾燥木材のようです。
人工乾燥木材をKD材と言います。
プレカット後のKD材製材後の断面の様子です。表面には亀裂はありませんが、木材の内部には細かな亀裂がいくつも入っている様子が分かります。
これも、強制的に乾燥させられたKD材の特徴と言えるかもしれません。
実際に木材にノミを当て、カンナで削ると、KD材と自然乾燥木材の違いが良く分かります。
しなりや粘り、そして生きた木材特有の艶や香りがあるのが自然乾燥木材、粘りもなく、焦げくさく、木目がぼそぼそしているのがKD材なのです。
KD材のプレカット後の様子です。スパッとした木材の艶やかさはなく、ぼそぼそした肌の様子が感じられると思います。
かつての日本では、木材乾燥の時間短縮のために、蒸気によるスチーム乾燥も行われてきました。しかし、その温度は木材の組織を殺すことのないように、摂氏48度程度以下で乾燥されるように配慮されてきました。
そうした配慮が、快適な呼吸する木造住宅を造り繋いできたのです。かつての日本人の知恵に、ここでも驚嘆させられます。
含水率の変化による変形など、建材としての木々の欠点をなくすため、短絡的に加熱して乾燥させることを思いついたのが今の木造建築。その結果が、本来の木造住宅の良さを奪い去ってしまったのです。
現代文明とはそんなものだと、職人として生きていく中で、その浅はかさを実感します。
ちば山では、一貫して自然乾燥木材の家造りを続けています。
また、千葉県産の自然乾燥木材で造った私の家は、その快適性を実証します。
真夏の屋外で湿度90%以上のじめじめした日でも、室内の湿度は大体60%台で推移します。全ての窓を全開にしても、湿度70パーセントを超えることはありません。
これは、自然状態で含水率20数%程度の家屋の木材の呼吸によって、湿気が適度に吸い取られることによります。
これによって、エアコンのない住まいの夏を、我が家は毎年乗り切っているのです。
同じく、筑波を拠点に自然乾燥木材による板倉建築住宅を造り続ける建築家、安藤邦廣教授は、先日私にこう言われました。
「人工乾燥の木材は細胞が老化した老人の肌のようなもの。バサバサしていて艶もないし張りもない。呼吸しない。
それに対して自然乾燥の木材は若者の肌のようなもの。収縮や膨張などの悪さもするが艶やかで張りもあるし呼吸する。それに、これから壮年期にかけて更に強くなる。だから何百年もの間家屋を支えることができた。
それに対してKD材は、強制乾燥をかけた直後から劣化が始まる。しかしそれでも、30年程度は問題なく家屋の建材として使用に耐えることはできる。
今の日本の住宅は大抵30年位で寿命が来るから、それだけ持てばよいというのなら、KD材でも問題ない。
ただし、かつての日本の民家のように、建て替えの際に木材を再利用することは絶対にできない。劣化した抜け殻のようなものだから。」
全く共感です。
里山保全が、言葉ばかりのブームのように聞かれる中、しっかりと今の文明を足元から一つ一つ見直してい
かねばなりません。