造園と土壌通気浸透水脈~名古屋市の庭より 平成27年4月13日
ブログを見てくださる皆様、大変ご無沙汰しております。あわただしく飛び回っているうちに、今年もいよいよ新緑の季節を迎えることに差し掛かりました。
この時期の雑木の庭は、一年の中でももっとも清らかな季節となり、これまで庭を作らせていただいたお客様方々から次々に庭の写真とうれしい便りが届きます。
それは本当に、この仕事をしていてよかったと感じる、幸せな瞬間でもあります。
今年に入ってからの数か月、実にいろんなことがありました。このブログで報告いたしたいと思いつつ、いつの間にか時間が過ぎてしまいました。
何から紹介したらよいものか、まずは3月に竣工しました名古屋の庭をご紹介いたします。
ここは名古屋市Nさんの庭。3月中旬に竣工したばかりのこの庭も、植栽後3週間を経て新芽が芽吹き、健康な穏やかさを感じさせてくれている様子が伝わります。
4方森に囲まれたこの地に越されたNさんは、家を建てた後、目の前の森が伐り払われて宅地開発が始まり、谷が埋められて造成されてしまい、周囲の景観が一変してしまいました。
理想の住まい環境をやっと見つけられ、そしてそこに家族のかけがえのない新居を建てられたNさんにとって、周囲の自然環境がなくなってしまえばここに家を建てられた意味はないのです。
「法に基づいた開発行為」に購うこともできずに、ズタズタにされる人の心と自然環境。
落胆しても始まらず、Nさんは失われた目の前の森を自分の敷地の中で再生することを決意し、そして先月、家の東北側に残された雑木林を庭に繋げて引き込むよう、そんな意図で庭が完成しました。
自然環境の再生、そのためには木々を単に景観としてばかり捉えて、見た目の自然を再現しようとするのではなく、呼吸する大地の健康な状態を再生し、そしてそれを周囲の残された自然環境へと繋げてゆくことでこそ、本当の意味で、健康で豊かな環境の再生は可能となります。
健康な根があっての健康な木々なのですから、目に見える地上部ばかりでなく、目に見えにくい足元の大地の環境を、健全な形へと再生してゆくことこそ、その庭が本当の意味で周囲の自然環境と一体となりえる、そのための欠かせない条件であることを知る必要があります。
締め固まったNさんの庭、粘土質と礫の混ざった土は固く、このままでは通気も悪く、健康に根が入り込める条件ではありません。
植栽にかかる前に、土中の通気浸透性の改善のため、雨落ち排水を兼ねた横溝と縦穴を掘っていきます。
基本的に、そこにある土を改善して、植栽条件を整えるのですが、土がよくなってゆくためには土壌の通気透水性の再生こそがそのカギとなるのです。
従来、高度成長期以降のトラック運送時代の造園においては、植栽する場所の土が悪ければ他からよい土を持ってくればよい、その程度の認識が当たり前に蔓延してきました。以前の私もそうでした。
しかし、「その残土はどこに行き、そして庭に使う良質の土はどこからくるのか。」そんなことを考えるに従い、なるべく土をよそから持ってくるのではなく、その土地の土を健康に再生して用いたいと思うようになり、そして10年くらい前から、剪定枝を堆積して客土に用いる土を作ってゆくようになりました。
今は客土すら、なるべく行わず、できる限りその土地全体の土壌が自然の力で育ってゆくような、そんな環境を整えることから造園を始めるようになりました。
土は、土壌内の通気環境次第でよくもなるし悪くもなります。どんなに良質な土壌を客土しても、元の大地の通気浸透性が滞っていれば、数年以内に新たな土も次第に硬化し、悪化してしまいます。
逆に、どんな土でも、自然本来の健全な水脈を再生して地下の通気性と透水性を改善しさえすれば、その直後から土は改善されていき、生き物が息づく大地が再生されてゆくのです。
今の時代、今の環境の下では、通気環境の改善から行わねば、木々が健康に呼吸できない、そんな環境が今、急速に増え続けていることを、この仕事を通して痛いほどに実感させられます。
有機物を活かした暗渠構造。漉き込んだ有機物は竹筒の気抜き孔を通して呼吸しながらゆっくりと分解し、土に還っていきます。同時に通気性のよいこの気抜き孔に向かって草木の根が入り込み、絡み合い、筒が腐植に変わる頃には木々の根が筒状に張りめぐらされて通気孔の機能を、代わって保つのです。
礫やこぶし大の石すら混ざる粘土質の重たい土で作業は大変ですが、なるべくこの地の土を改善して使っていくことが大切です。
従来の造園世界では、「こうした硬くて粘土質で石交じりの土はよくない」 と考えて、すぐに土を入れ替えしようとする人も多いのですが、それは間違いであることは、こうした土壌条件の下で豊かな森を作り上げてゆく周囲の森の木々の健全さを見れば、一目瞭然のはずです。
家屋に隣接する雑木林の桜の大木。
この土、この風土において、大地の通気環境さえ健全に保たれていれば、木々は十分に健康に、いのちの環境をすくすくと育んでゆくことが分かります
問題は、土地造成や道路工事、家屋外構建築等によって、呼吸する大地の環境を無残に壊してしまう人間の所作、そんな今の建築土木の在り方にあります。土地を傷つけて木々の呼吸。大地の呼吸を断ち切ってしまうのも人間ですが、その人間が壊してしまった環境が、持続的に再生されるよう、働きかけることができるもの人間です。
人が壊してしまった以上、人の手でその大地の呼吸を健全に戻してゆく、そんなことも今の時代、そしてこれからの時代、必ず必要とされることでしょう。
水脈再生作業の後、やっと植栽です。狭い庭ですが、木々を高めに植えて地形落差を付けてゆくことで、地中の水と空気が動きやすい環境を作ります。
そして植栽後の表層の保護には、周辺の山林から落ち葉の下の、落ち葉
が分解しかけて根と絡み合った腐植と呼ばれる部分を山からいただいて敷き詰めます。風に飛ばないよう、落ち枝を絡ませてゆくと、今できたばかりの庭とは思えないほどに自然な地表が完成します。
この有機物が表層の土壌生物活動を活発にし、表土の通気孔を守ります。
そして3週間後、芽吹き前の木々は生き生きとした森の空気感を感じるほどに、この土地の自然と一体化の営みを始めています。
先日、竣工したばかりのNさんの庭に、愛知県自然環境課の視察が入りました。
自然豊かだった市街地へと次々に開発が進む愛知県では今、良好な自然環境を少しでも次世代に繋いでゆくため、開発地域の民有地、個人の庭も含めての、生態系ネットワークを構築しようとしていると言います。
そして今回、地域生態系に配慮した自然環境再生型の庭の事例として、Nさんの庭を視察に訪ねられました。
愛知県の進める生態系ネットワークとは、開発などによって分断された自然環境を、その土地の生き物環境に配慮した植栽等によって繋ぎ、地域本体の生態系を保全する取り組みと言います。
時代は変わりつつあります。そしてそれに伴い、人間はじめ生きとし生けるものたちの源である自然環境の再生のために担うべき、造園の役割が形として見え始めている、社会づくりに必要とされている、そんなことを改めて実感されます。
名古屋市守山区 小幡緑地。Nさんの住まいのすぐ下部に繋がります。
ここが名古屋市内であることを忘れてしまうほどの豊かな自然環境が、まだかろうじて良好な状態で保たれています。
そして、小幡緑地に湧き出す地下水が沼地の豊かな生態系を維持してきました。
今回、この緑地の上部が切り開かれて宅地となり、この湧水もこの自然環境も影響を受けて、姿を変えてゆくことでしょう。
自然環境は「保護地区」や「緑地保全地区」などと言う、これまでのような部分的な面積保全ではなく、全体を繋いで、いのちの環境として良好に保つということがどういうことか、そんな視点が必要です。
その点で、開発地域を含めた生態系ネットワークを再生しようとする愛知県自然環境課の取り組みは、これからの時代にふさわしい新たな挑戦と言えるでしょう。
それが、単なる見た目の景観としての自然環境再生ではなく、その大地を息づかせる根本たる水脈、流域としての自然環境全体を繋いでゆく大地の水脈の再生の視野を持って、本当の意味での自然環境再生に繋がることを願うばかりです。
大地の呼吸、水脈の再生、それが不可欠なものとして普通に配慮される時代の到来を夢見つつ、私たちも熱く力強く歩んでまいりたいと思います。
名古屋の造園工事、私たちと共同で作業してくださった、jinengardenの江川さん、美野園の渡辺さんはじめ、応援に駆け付けてくださった方々、この場を借りて心から御礼申し上げます。どうもありがとうございました。