過去のブログ 『雑木の庭』

震災後の日本に思う   平成23年5月30日

 工事も春の手入れもまだまだ残ったまま、なんと梅雨入りです。それでも先週は雨の中、あるいは雨の合間を縫って、10件ほど春の手入れを終えました。3日で5件のペースです。

東京都練馬区Nさんの庭は昨年3月の竣工です。Nさんは、「東京の狭い住宅地でこんな木々に囲まれて生活できるなんて本当に贅沢」と喜んでくれます。

そしてこちらも東京都練馬区、Kさんの家は竣工後3年目です。2階が主な居住スペースですので、2階からの雑木越しの景色を考えて 配植しています。

千葉県松戸市、Kさんの庭は、竣工後4年目となりました。すでにこの庭にはいると森の中に来たような静かな生態系を感じます。たくさんの小鳥が来訪し、あるいはこの庭に住み着いています。

そして、千葉市花見川区、Iさんの庭は早くも竣工5年目となりました。
旺盛に成長する木々を手入れによってコントロールし、庭の健康と明るさを保ちます。そして、何年経ても自然らしい樹形と雑木林の柔らかな雰囲気を保つのが雑木の庭の管理です。

 手入れしても、そのことを感じさせない自然さが大切。しかしながら手入れ後の庭は、木々がのびのびとスペースを分け合い、光と風が爽やかに抜ける心地よい空間へと戻してゆくのです。

 千葉県流山市Sさんの庭はちょうど1年前の竣工です。もともと土壌の状態が良くなかったため、まだまだ生態系の調和を感じさせてくれるにはもう少し時間がかかりそうです。
 庭の木は、単体で生きているのではなく、土壌などの環境や周囲の木々に互いに影響を与えあいながら、お互いを守り守られながら、その場所での健全なあり方へと育ってゆくのです。
 手前はSさんの庭に設けた一坪菜園です。

 街中の普通の住まいの中に雑木林を共存させて、その心地よい自然の恩恵とともに生きる豊かな暮らし。私はここ数年、何の疑問も持たずにそれを追求し提供し続けてきました。

 今、震災後の日本の将来を思う時、自分はこのまま街中の自然空間を庭に作り続けるだけでよいのか、根幹からの疑問を感じはじめました。
 それほど、今回の震災やその後の日本の対応、被災地で見てきたことなどが、大きな影となって覆いかぶさっているのを感じます。
 たった1つの原発があっという間に日本だけでなく世界中を汚染してゆく様子とそれを制御できない私たち人類。
 
 いつこの国に住めなくなるかわからない基盤の上に立つこの文明は一体なんだったのでしょう。

 私の住まいは千葉市の里山にあります。恵まれた環境にありながらも、家屋の周辺にはやはり木々が必要です。家を建てて木を植えて、そして3年ほど経過しました。

 200坪の我が家の敷地内の南面に10坪の家庭菜園。今は夏野菜が10種類以上植え付けられています。
  多品目を自給的に栽培する農のスタイルこそ、日本本来の農的暮らしでした。そしてそのスタイルは、その地域の自然の中で完全な循環が保たれた永続的な暮らしのあり方だったのです。
 
 菜園越しに見る周辺の景。 周囲の環境全てが我が家の庭のようなものです。雑草生い茂る野原のような庭が、周囲の風景との境界を感じさせずに繋がっていきます。

 私のつくる庭はそんなものです。その場所に必要のないものは作らない。必要となればその時に作る。庭作品で自己主張することよりも、そこに住む人のつつましやかで心豊かな暮らしや、その土地本来の環境を尊重したい、そう思って、住環境をつくってきました。
 そんな私の庭つくりのスタイルが確固たるものになったのは、実はここ数年のことですので、まだまだ変わり続けてゆくことと思いますが。。。。

 

 我が家周辺の田んぼ。朝日に輝いています。カエルの鳴き声と田んぼの香り、虫や小鳥の声が、心を満たしてくれます。
 10年後の日本、そしてその後の日本を思う時、これから劇的に変わってゆくことを感じます。その時、農から離れて戻れなくなった人たちは、一体どのように生きていけばよいのでしょう。
 
 自然、そして農の営み、近い将来、半農による自給的ライフスタイルが必要となる時代が来るように思います。
 その時、すでに豊かな自然を失ってしまえば、私たちは生きる基盤を失ってしまいます。
 この震災を機に、生きるということ、その足元を見直し、生き方や暮らしを転換してゆこうと思います。
 美しい日本、美しい自然を子供たちに伝えられるように。

 
 

株式会社高田造園設計事務所様

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